日本における中絶経験者の割合は?統計と背景を読み解く
「中絶経験のある人の割合って、どれくらいなんだろう?」
この問いは、多くの方が関心を持つ一方で、なかなか公に話しにくいデリケートなテーマでもあります。中絶は、女性の心身に大きな影響を与えるだけでなく、社会的な背景や医療制度とも深く関わっています。
ここでは、日本における中絶に関する統計データから、その割合や背景にある事情について、できるだけ客観的に、そして分かりやすく解説していきます。
日本での中絶件数と、経験者の割合
まず、日本における中絶に関する公的な統計は、厚生労働省が毎年発表している「優生保護法(現:母体保護法)による人工妊娠中絶件数」が基本となります。
1. 年間の中絶件数と推移
日本の人工妊娠中絶件数は、戦後のピーク時(1955年の約117万件)と比べて大幅に減少しています。しかし、現在でも年間で約13万件〜14万件前後(直近の統計では2022年が約12.7万件)の人工妊娠中絶が行われています。
2022年の統計(厚生労働省):
人工妊娠中絶件数:126,988件
そのうち、20歳未満が9,206件、20歳代が38,719件、30歳代が45,868件、40歳以上が33,195件となっています。
2. 中絶経験者の「割合」を算出することの難しさ
年間の中絶件数は公表されていますが、「生涯で中絶を経験する女性の割合」を正確に算出するのは、非常に困難です。その理由としては、以下のような点が挙げられます。
個人を特定できない統計: 上記の件数は、あくまでその年に実施された中絶手術の総数であり、同じ人が複数回中絶している場合も含まれています。そのため、「延べ件数」であって「人数」ではないからです。
プライバシーの保護: 中絶に関する情報は非常にデリケートな個人情報であり、個人の経験を追跡して集計することは行われません。
意識調査の難しさ: アンケートなどで「中絶経験はありますか?」と尋ねる調査は倫理的な配慮が必要であり、回答率や正確性にも限界があります。
ただし、過去の小規模な調査や研究、また海外のデータなどを参考にすると、「日本人女性の約10人に1人、あるいはそれ以上が、生涯に一度は人工妊娠中絶を経験している可能性がある」という推計がされることもあります。この数字はあくまで推計であり、公式なものではありませんが、決して少なくない女性が直面する現実であることは伺えます。
中絶に至る背景とは?
なぜ、年間これほど多くの中絶が行われているのでしょうか。中絶を選択せざるを得ない背景には、様々な複雑な事情があります。
1. 経済的な問題
生活苦: 子どもを育てていく経済的な余裕がない。
収入の不安定さ: 非正規雇用や失業などによる将来への不安。
2. パートナーとの関係性
DVや望まない関係: パートナーからの暴力や、関係性の悪化。
パートナーの非協力: 妊娠を伝えても、相手が養育に非協力的である。
未婚での妊娠: 未婚での出産や子育てに対する社会的なプレッシャーや不安。
3. 個人の状況や環境
若年妊娠: 学業を中断せざるを得ない、保護者の同意が得られないなど。
高年齢妊娠: 健康上のリスクや、子育てへの体力的な不安。
育児負担: すでに他の子どもがいて、これ以上育児の負担を増やせない。
仕事への影響: 妊娠・出産・育児がキャリアに与える影響を懸念する。
精神的な健康: 精神的な疾患を抱えている、あるいは妊娠・出産への恐怖心が強い。
4. 予期せぬ妊娠
避妊の失敗: 避妊具の破損や、避妊薬の飲み忘れなど。
性教育や避妊知識の不足: 正しい性知識や避妊方法を知らない、あるいは利用しにくい環境にある。
これらの要因は単独ではなく、いくつもの事情が絡み合って、女性が中絶という選択に至ることがほとんどです。
中絶後の女性の心身への影響
中絶は、女性の心と体に大きな影響を与えることがあります。
身体的影響: 出血、痛み、発熱などの合併症のリスク。また、ごく稀に将来の妊娠に影響が出る可能性も指摘されています。
精神的影響: 罪悪感、悲しみ、抑うつ、不安、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神的な苦痛を抱えることがあります。これは「ポスト・アボーション・シンドローム(PAS)」と呼ばれることもありますが、学術的な定義はまだ確立されていません。しかし、中絶後の心のケアの重要性は広く認識されています。
中絶後、心身の不調を感じた場合は、決して一人で抱え込まず、医療機関や専門のカウンセリング機関に相談することが大切です。
まとめ:数字の背景にある複雑な現実
日本における中絶経験者の正確な割合を公的な統計から把握することは難しいですが、年間十数万件という数字は、多くの女性が、様々な事情を抱えながら、この厳しい選択をせざるを得ない現実を示しています。
中絶は、単純な「是か非か」で語れる問題ではなく、女性一人ひとりの人生、そして社会全体の問題として捉える必要があります。望まない妊娠を減らすための正しい性教育や避妊知識の普及、経済的・社会的な支援の充実、そして中絶を選択した女性への心身両面からのきめ細やかなサポートが、今後も求められていると言えるでしょう。
この情報が、中絶をめぐる問題について考える一助となれば幸いです。